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パワースポットは存在しない!?上手な付き合い方を紹介

パワースポットとは?

パワースポットを明確に定義することは難しいのですが、何かしらのパワーを感じられる場所に対して用いられるようになった言葉です。

パワースポットという名の通り、比較的新しい言葉です。日本独自の和製英語でもあります。

このパワースポットについて様々な意見があるのですが、結論から言ってしまうとパワースポットは信じている人には存在しますし、信じていない人には存在していません。

あくまでもパワースポットに対する付き合い方の問題です。

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パワースポットは認識

パワースポットで何かしらのパワーを感じる、元気になる、すがすがしい気持ちになる、と感じる人というのは、その場所に対してプラスの認識をしているからです。

多くの日本人は神社やお寺で厳かな気分になるものですが、あくまでもそのようになると認識しているからです。多くの日本人は教会ではそのようなパワーを感じることはできません。

もちろん外国のキリスト教圏の方の場合は別です。神社やお寺よりも教会の方がパワーを感じられます。

一方でそのようなプラスの認識をしていない子供たちは、平気で神社やお寺の境内で遊ぶものです。

ですが、年齢を重ねるごとに学校の授業や修学旅行、またはテレビなどで歴史に触れることになり、そのような特別な場所なのだという認識をするようになります。

受験で絵馬に願掛けしたり、初詣に行くことなどで重要性が徐々に高まっていきます。

ここがパワースポットを理解する上で重要なポイントです。本人が重要だと認識していることがパワースポットの前提です。

その認識があるからこそパワーを感じられます。

より正確に言うと、重要だと認識している場所に行くことで自分のパワーをみなぎらせることができます

パワースポットからパワーをもらえるのではなく、自らのパワーをみなぎらせやすい場所ということです。

みなぎるパワーの正体

栄養価の高い食品や栄養ドリンクなど、外部から取り入れられるパワーもありますが、すでに自分の中に蓄えられているパワーをみなぎらせることができる方法の一つが、パワースポットということです。

同じようにパワーはみなぎらせる方法は、パワースポットの他にもたくさんあります。

好きな人と話す、好きな人の写真を観る、好きな人を想像する、これだけでもパワーはみなぎります。

いとおしい子供の写真、可愛がっているペットの写真を観るだけで、心はほっこりとするものです。

もしこれが知らない人の写真だと何も感じません。重要性が低いからです。これが認識の違いです。

全く同じ対象でも嫌いになれば認識は変わります。パワーがみなぎるどころかイヤな気持ちになるかもしれません。

パワースポットも全く同じです。その場所に対する認識がパワーの強さを決めます。みなぎるパワーに差がうまれます。

多くの日本人であれば、歴史のある神社仏閣ほどパワーを感じられます。

見た目だけなら写真やテレビでもいいのですが、実際にその場に行くことで古い建材にこびりついたコケやカビの匂い、それらを含んだ風が肌に触れることで、よりいっそう歴史を感じさせてくれます。

神社仏閣の場合はその演出がとても上手です。鳥居をくぐると石畳や砂利になって足の裏から別世界に入ったと感じさせてくれたり、たくさんの大きな木が日陰をつくって涼しく感じさせてくれます。

よくパワースポットに行くと気温が低いような気がすると言いますが、身体全体で重要だと認識しているからこそ、積極的にそのように感じるようになります。

重要だと認識していない動物が神社に涼みにくることなどありません。認識がすべてです。

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まとめ 存在とは

「パワースポットなど存在しない」という人がいても決して間違いではありません。日本人が外国のパワースポットに訪れても、歴史や文化が違う現地の人たちと同じようなパワー(認識)を感じることはありません。

文化や宗教として対立している場合は、パワーがみなぎるどころかパワーを失わせるスポットになるかもしれません。

同じ日本でも沖縄の守り神であるシーサーに対する認識は、沖縄の人と北海道の人では大きく違います。

さらに文化や教育レベルだけではなく、年代によっても認識は変わります。

最近の若者にとって所ジョージさんは、自由気ままでオシャレなアメカジおじさんといった認識かも知れませんが、マジカル頭脳パワーというクイズ番組に出ていた頃の所ジョージさんを知っている中年以降の方は、ものすごく頭の切れる凄い人だという認識があります。

所さんと握手をする時に、若者と年配の方では受け取るパワー(内からみなぎるパワー)は違うはずです。もちろん若者でもクイズが大好きな方であれば、それこそ神様のように感じるのかも知れません。

これは有名なアイドルとの握手でも同じです。そのアイドルのファンとそのアイドルを知らない外国人では、まったく受け取るパワー(みなぎるパワー)は違います。

パワースポットも同じです。パワーを感じる(パワーがみなぎる)人にとってパワースポットは確実に存在しています。

一方で同じ場所でもパワーを感じない人にとっては、そこは決してパワースポットではありません。存在していません。

実在と存在は違います。あくまでも存在は人に認識されているかどうかです。

珠算が出来る人の頭の中にはソロバンが存在していますが、実在はしていません。実在していなくても頭の中に存在しているソロバンを弾いて計算することが出来ます。

世の中にある全てのソロバンを燃やし尽くしても、それぞれの人の頭の中に実在しているソロバンを失くすことは出来ません。

これがわかれば、誰がどこでパワーを感じるのかは自由なのだと理解できるのではないでしょうか。あくまでもそれぞれの人の認識の差によって、パワースポットは存在します。

あなたにとって大切な人でも、私にとっては多くの人と同じただの他人です。もちろん逆もしかりです。

本人のパワーがみなぎるのであれば、それは存在しているということです。それを他人がとやかく言う筋合いはありません。

パワースポットに否定的な意見もありますが、そのような人でも自宅は間違いなくパワースポットです。心を落ち着けられる大切な場所なはずです。

私がその部屋に入ってもパワーを感じるどころか、居心地が悪くなるかもしれません。認識がすべてです。

生まれ育った故郷に良いイメージがあると、その街すべてがパワースポットになりますが、悪いイメージがあるとパワーを奪われる(パワーが落ち込む)ことになります。

その場所にパワーがあるのではなく、その場所に対する認識がパワーをみなぎらせてくれます。

何か特別なパワーが得られるというと怪しくなりますが、パワーがみなぎると考えるとパワースポットを受け入れることは難しくありません。

どのような認識をするのかは自由です。それらを理解した上でパワースポットと上手に付き合ってください。

ここぞという時や落ち込んだ時に、自分なりのパワースポットは強い味方になってくれます。

身近なパワースポットを設定(重要だと認識)しておけば、わざわざ遠くの古い神社まで行かなくてもパワーはみなぎります。

お金の節約という意味でもすごく有効なので、あなただけのパワースポットを身近な場所に設定して上手に付き合ってほしいと思います。

  • 子供と遊んだ公園
  • 綺麗な遊歩道
  • リズムよく登れる階段
  • お気に入りの子が働いている(いたでも可)お店

など何でも構いません。あなたが重要だと認識すれば、そこがパワースポットになってくれます。

お伊勢参りをすることが悪いわけではありませんが、伊勢神宮に行かないとパワーが得られないと考えてしまうと、遠くの方はパワーが不足しがちになってしまいます。

一方で近所の小さな神社やお地蔵さんでも、そこを大切な場所だと認識すればお伊勢参りと同じようなご利益(パワーが漲る)が得られるものです。

ピカソの絵画のように多くの方に評価されている絵ほど凄いと思ってしまうものですが、あなたにとって最高に感動する絵がピカソだとは限らないはずです。山下清のちぎり絵かも知れませんし、ゴッホやラッセンかも知れません。

自分の子供が初めて書いてくれたクレヨンの絵の方が、感動が大きい(パワーが漲る)という親も多いのではないでしょうか。

親以外にとっては何だかよくわからないぐちゃぐちゃの絵でも、当人にとっては最高の絵に成り得るものです。これが認識の差です。

あなたにとってのパワースポットを身近な場所に設定してみてください。正しいかどうかは関係ありません。あなたがそこに訪れる度に嬉しい気持ちを思い浮かべていれば、いずれその場に近づいただけで嬉しくなるようになりますよ。


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