幸せとは?
幸せを正確に定義することはできませんが、どんな些細な出来事でも本人が幸せだと感じるのであれば、それは他人がとやかく言うことではありません。
全く同じ出来事でも、人によって幸せと感じられる度合いには差があります。
一億円の宝くじが当たると幸せを感じられと思いますが、借金で苦しんでいる人と、何億円もの資産を抱えている人では、同じ一億円でも幸せに感じる度合いは違います。
食事をコンビニ弁当にすることが節約と考える方もいますし、ちょっとした贅沢としてコンビニ弁当を購入する方もいます。
この辺の幸せの感じ方は、以前に「孤独のグルメ」というマンガ(ドラマ)の主人公がとても上手だと紹介しました。
またご馳走の定義の記事も幸せの感じ方と共通する要素があります。
私自身も日頃から積極的に幸せを受け取るように心がけているのですが、これがとても上手な方に出合ったので紹介します。
食事への感謝
その方(Aさん)とは仕事の関係で知り合い、その日のうちに居酒屋さんで親睦を深めることになりました。
ちなみに私は食事の前に必ず手を合わせて「いただきます」と言うのですが、実はこれも積極的に幸せを受け取る技術の一つです。その理由についてはこちらで詳しく解説しているのですが、
簡単に要約すると、食材への感謝、作り手への感謝、生産者への感謝をすることで、食事の満足度が上がるということです。
たとえば、いつも何気なく飲んでいる缶コーヒーでも、大好きな有名人や尊敬する方が飲んでいると知った途端に、美味しさがアップしたように感じるものです。CMのタレントが変わるだけで売り上げが倍増したケースは珍しくありません。
缶コーヒーの成分は何も変化していませんが、飲み手の受け取り方(重要度)が変化することで、満足度は大きく違うものです。
Aさんもきちんと手を合わせて「いただきます」と声に出す人で、それだけでも好感をもっていたのですが、居酒屋さんで提供される料理への知識が豊富で、食材の旬や細かな調理法までわかるらしく、言葉が悪いですが、いちいち感動しながら口に運んでいました。
私は料理に詳しいわけではないので、その事がとても羨ましく感じられました。料理に詳しいからこそ、私以上にたくさんの幸せを感じられて(見つけられて)いました。
さらに驚いたのは、料理を盛り付けている器への知識でした。
「これは見事な萩焼ですね~、しかもかなり使いこんで見事に七化けしている!」(うる覚えです)
と感心しながら嬉しそうにしていました。
Aさんは豊富な知識のおかげで、私が全く気がつきもしない幸せを、たくさん受け取っている(見つけている)ようでした。
美食家の中には料理の不満点ばかりを見つけては、
「○○が余計だ」
「素材を活かしきれていない」
「あそこの店の方がいい」
といった感じで、常に減点法で物事を判断してしまう方がいるものです。90点の素晴らしい料理が目の前にあっても、わざわざ足りない10点ばかりに注目し、勝手に不幸になっているケースがあります。
これは料理に限らず様々な分野に当てはまることですが、知識が豊富なだけに粗を見つけてしまう方が、世の中には多いと感じていました。
ですが、Aさんは豊富な知識を見事に幸せの方に活かしていました。
その居酒屋さんの料理の質はいたって平均的だったのですが、Aさんは60点の料理でも40点の方に目を向けることなく、全力で60点を堪能しているようでした。
私自身も60点の料理の良いポイントに感謝しながら、いただくように心掛けているつもりでしたが、Aさんに出合えたことで、「まだまだ伸びしろがあるのだな~」と嬉しくなりました。
幸せとは考え方次第
Aさんと出会えたことで、私は器への興味がわくようになりました。
私は節約家で断捨離好きでもあるので、器をコレクションしたいとまでは思えないのですが、外食をした時は器に意識が向きますし、取引先などでご馳走になるお茶の湯飲み茶碗を意識するようになりました。
相手が席を外した時には、湯飲み茶碗の底をチェックする習慣が身についてしまいました。結構な確率で窯の刻印が見つかるものです。
一度それが相手の方にばれてしまったのですが、その湯飲み茶碗は地元の名産とのことで、会社だけでなく自宅でも愛用していると教えてくれました。おかげで話が弾み、取引もスムーズにすすめることが出来ました。
少し前に実家に帰省した時にも新しい発見がありました。いつも同じ湯飲み茶碗で母親がお茶を淹れてくれるのですが、私が何気なく、
「昔からこの湯飲みだよね、どこで買ったの?」
と聞くと、私の兄が学生時代に海外へホームステイした際のお土産だと教えてくれました。ただ兄がホームステイしたのはカナダであり、鶴が描かれている湯飲み茶碗とイメージが合いません。その事について聞いてみると、
「○○(兄)はお土産を買うのを忘れて、帰りの韓国の空港で買ったのよ」
と教えてくれました。日本からカナダへ直行便ではなく、韓国の空港を経由することで航空費を抑える仕組みだったそうです。
「○○らしいなー」とは思いましたが、その後の器の書物などを読んでいると、日本の焼き物は韓国と深い関わり(秀吉が無理やり陶芸家を連れてきた)があることを知りました。
兄が適当に買ったと思われる湯飲み茶わんですが、その後何十年も実家で活躍してくれているので、質も素晴らしいものだったのだと思いました。
私にとって昔から見慣れていた湯飲み茶碗ですが、私自身が湯飲み茶碗に対する知識を得ることで、幸せを感じることが出来ました。
幸せを受け取る技術
全く同じ出来事、同じ対象でも、受け取り側次第で幸せの感じ方は上下します。
私は主に「いただきます」のような心構えが重要だと考えていたのですが、Aさんのおかげで豊富な知識も上手く活かせるのだと勉強になりました。
豊富な知識も頭でっかちになってしまうと、悪いところばかりを見つける減点法になってしまうかも知れませんが、上手に活かせば誰よりも多くの幸せを受け取れるのだと思います。
きっと誰もが子供の頃には出来ていたことです。
金銭的な価値や世間の常識といった価値観がない子供は、何でもない石コロや貝殻を宝物にしていたりするものです。
その子供にとっては、しっかりと何かしらの理由(○○に似ているなど)があるのだと思います。
いつからかそのような自分なりの基準が世間の常識にすり替わり、金銭的な価値観に影響されるようになってしまいます。
本心ではそれほど求めていない対象にも関わらず、世間の常識だからと選択するようになります。
そこで感じられる幸せというのは、自分の内側から湧き出てきたものではなく、他人の評価です。
周りの人に褒められる幸せが必ずしも悪いわけではありませんが、結果は他人次第になってしまいます。
これでは心から幸せだと感じるのは難しいのではないでしょうか。
仕事や人付き合いには他人からの評価も十分に加味する必要がありますが、自分にとっての幸せにまで他人の評価を持ち込む必要はありません。
Aさんのように、自分なりに幸せを積極的に受け取ってほしいと思います。あくまでもこれは技術の話です。
Aさんの食材や調理法や器の知識が正しいかどうかは、あまり関係ないということです。
「旬で美味しいなぁ」
「素晴らしい調理だなぁ」
「素敵な器だなぁ」
と感じるように心がけているのが、技術ということです。
不幸な人は不幸なことばかりを見つけようと心掛けているので、全く同じ出来事でも勝手に不幸になって怒っています。
一方で幸せな人は積極的に幸せを探し出しているので、些細な出来事からでも幸せを感じることができます。
一億円の宝くじを当てるのは誰にでも出来ることではありませんが、心がけを変えるのは誰にでもできるはずです。
器の知識だけでなく、様々な事に思いを馳せてみてください。「ありがたいなぁ」と感じられるポイントを、どんどん膨らませていってほしいと思います。
子供が初めてクレヨンで描いてくれた親の似顔絵は、世間からの評価や金銭的な価値は全くありませんが、親にとっては何物にも代えがたい宝物のはずです。
幸せの技術が高い人というのは、この親のようになんてことない対象からでも、積極的に幸せを感じられるということです。
幸せを世間の常識や他人からの評価、そして運頼みにするのではなく、自らの技術で掴み取ってほしいと思います。