アリとキリギリス
「アリとキリギリス」という童話がありますが、私なりに簡単に要約すると、
厳しい冬を越すために夏場に餌を蓄えていたアリと、先のことを考えずに夏を謳歌していたキリギリスのお話で、要するに
「将来のことを考えて今苦労をしないといけませんよ」
といった内容です。
戦中、戦後に食べ物に苦労した世代の方はアリの生き方に共感されることが多いようですが、最近は今を楽しむキリギリス的な生き方を支持される方も増えてきました。
どちらの考え方が正しいのかここでは問いませんが、いわゆる節約生活をしている人の多くはアリ的な考え方に分類されると思います。
このアリにも大きく二つのタイプに分けられます。
それはつまらないと感じながら我慢して食べ物を蓄えているアリと、楽しみながら食べ物を蓄えているアリです。この違いを理解できると、節約生活がつまらないと感じる理由も理解しやすいと思います。
節約生活がつまらない理由
つまらないと感じながら我慢して食べ物を蓄えているアリは、自分の意思で食べ物を蓄えていません。周りの蟻の意見にならって仕方がなく蓄えているような状態です。
食べ物を蓄えなければならない理由、意味に納得していません。
このような状態であれば、むしろキリギリス的な生き方をした方が楽しくなります。それはそれで悪いことではありません。
節約生活がつまらないと感じる方も同様です。その節約して得られる成果、意味を理解できていない状態です。
漠然とした将来の不安や周囲の人の影響を受けて、なんとなく節約生活を初めてしまうと、つまらないと感じてしまいます。
楽しい節約生活
一方で食べ物を蓄えることが楽しくて仕方がない状態のアリは、食べ物を蓄えることの意味を明確に理解しています。
昨年の冬に飢えて苦労したのかも知れませんし、先輩アリの意見に心から納得したのかも知れません。
節約生活を楽しめている人も同様です。その節約で得られる成果を頭の中で明確にイメージできているので、楽しみながら節約することができます。
ここを勘違いして欲しくないのですが、節約をした先の未来で得られる成果は、それを達成した時にだけ楽しさを感じるのではなく、その未来で得られるであろう成果につながっている現状の行動に対しても楽しさを感じられるということです。
はたから見ると我慢しているように見える節約生活でも、むしろ本人は楽しめているということです。これは動物の求愛行動で考えると分かりやすくなります。
求愛させる脳内物質
当たり前のことですが、人間に限らず動物にも性欲があります。子孫を残すことの重要性がDNAに刻まれているので、発情期になれば子孫を残すためのパートナーを探すことになります。
その為にわざわざ求愛行動をしなければなりません。
基本的に動物は発情期以外は獲物(食べ物)を探すことだけしかしません。自分が獲物になってしまう可能性があるので極力無駄な行動はしません。
お腹が満たされたライオンは、目の前に獲物が通りかかっても寝ています。もちろん自分が獲物にされてしまうような危険な生物が目の前を通れば警戒しますが、百獣の王であるライオンにとって、そのような存在は多くありません。
ですが、発情期になれば危険を顧みずにパートナーを探しだします。サイやカバなど自分よりも大きい動物と遭遇する可能性がありながらも、必死になってパートナーを探します。
あくまでも目的はパートナーと交尾をすることですが、発情期にはパートナーを見つける為に危険を顧みずに行動しなければならないので、その行動を促す脳内物質が分泌されます。
それが「ドーパミン」です。
よくドーパミンは快楽物質だと言われていますが、それだけではなく快楽を求めさせる物質でもあります。獲物やパートナーを探す行動を促すのに重要な脳内物質です。
発情期前の交尾をしたい気持ちがない状態のままだと、わざわざリスクのある行動を取ろうとしません。それよりも自分の生命にとって重要な食欲や睡眠欲が優位なままです。
だからこそ発情期になるとパートナーを見つける前から脳内にドーパミンが分泌されます。
そしてパートナーの前で求愛行動をとったり、ライバルとなるオス同士が争ったりします。ライバルに負けてしまえば交尾という目的が達成されないので、他の動物の獲物になってしまうリスクを考えずに必死で求愛行動をします。
実はこの状態から脳は既に快楽を感じています。これがポイントです。
交尾を成し遂げた瞬間に快楽を感じるのではなく、その為の行動から快楽を感じています。だから危険を顧みずに目的達成のための行動をすることにつながります。
一方で人間は年中発情期なので常に異性を意識した行動をとります。性欲が旺盛な若者ほど求愛行動(着飾る等)が顕著です。性行を行った時にだけ快楽を感じるのではなく、パートナーを探す為に様々な行動をしている時から気持ち良さを感じています。
洋服を購入することだったり、ダイエットをすることだったり、デートコースを調べたり、口説き文句を学んだりしている最中から、脳内では気持ち良さを感じています。
性交する為のパートナー探しを意識していない子供の段階では、これらの行動をしません。無理にやらせても全く意味がわからないので楽しめません。
思春期ともなると脳内にパートナーを惹きつける為にドーパミンが分泌されるようになり、人によってはオシャレに目覚めたり、身体を鍛えたりするようになります。
節約生活がつまらないと感じている人と楽しいと感じる人の差はこの違いです。その先に得られるであろう成果をイメージできているかどうかの違いで、目標金額に到達するまでの過程での快感に差があります。
なんとなく周りの人が節約をしているからと真似する程度では、この行動を促すドーパミンが分泌されません。当然快楽を感じることもないので、ただただ辛い節約になってしまいます。
一方で節約生活を楽しめている人というのは、目標を達成する為に役立っている行動なのだと理解しているので、求愛行動のようにはたからみると大変そうな行動でも、当人の脳はドーパミンで満たされているので快楽を感じられています。
キリギリス目線で考えると、全てのアリが我慢を強いられてつまらなさそうに見えるかも知れませんが、アリの中でも楽しみながら食べ物を蓄えているアリと、我慢しながら辛いと感じているアリがいるということです。
これはダイエットや筋トレといった自分磨きが成功する人と失敗する人の違いで考えてみても分かりやすいかも知れません。
ダイエットや筋トレが成功する人
ダイエットや筋トレといったものに成功する人というのは、成功した後のメリットを理解しているので、日々の食事制限や筋力トレーニングの辛さを感じる度に、目標に近づいている事を実感する事ができます。
お腹がグ~っと鳴ったり筋肉痛を感じる度に、辛さではなく快感が得られるようになっています。
一方で失敗してしまう人というのは、成功した後の自分の姿やメリットが曖昧なので、快感よりも辛さが上回ってしまいます。
高額なスポーツジムなどは、この辛さに対応する為にあえて法外な支払いをさせることで、辛さよりもお金を損したくないという気持ちを働かせ、モチベーションにつなげるような仕組みになっています。
ただこれも契約期間が切れた途端に消えてなくなってしまうので、大抵はリバウンドしてしまうわけです。
思春期の頃に好きな人ができると、初めは自分の知っている知識だけで魅力的になろうと考えるのですが、好きになった相手が「スタイルの良い人が好き」とか「髪の長い人がタイプ」とか「筋肉質な男性が好き」などの情報を知ると、そこに近づけようと考えるようになります。
その為の行動というのは、はたから見ると大変そうに見えるかも知れませんが、本人にとっては努力とすら感じていません。むしろ楽しみながら行っています。
これがまさに目標に到達した時のメリットを、頭の中で明確にイメージできた事であり、その道のりの障害を苦労とは感じません。
スポーツ選手が大変そうなトレーニングを行えるのも、その事によって得られるメリットを明確に理解しているからであり、何となく付き合い程度で入った部活だと、ただただ辛いだけの行動になるので長続きしません。
ダイエットや筋トレが成功する人と失敗する人の違いというのは、始める前の動機の違いだという事です。
会社の健康診断などで、とんでもない悪い数値が出て「このままだと三か月後の命は保証できません」と医者に告げられると、多くの人が何かしらの行動につなげられるのは、強制的に未来の明確なイメージが作られたからです。
これは恐怖による考え方の変化なので、自分でコントロールする事は難しいですが、好きな人に好かれたいという希望であれば、その想いの強さに比例して行動が無理なく変わっていきます。
節約がつまらないと感じている人も同じで、その節約によって得られる未来像の違いの問題であり、漠然とした不安のまま何となく節約を続けていても、楽しさを感じる事ができるようにはなれません。
老後の生活の不安の為に節約をしている人は多いと思いますが、具体的にどれぐらいの金額を貯めれば良いのかと理解できると、逆算して毎月貯めるべき金額というものが設定され、無理なく行動につなげる事ができるようになります。
まとめ 自分の本心と向き合う
あくまでも「アリとキリギリス」の童話は作り話ですし、アリのタイプ分けも私の勝手な想像なので、たとえ話として捉えてほしいのですが、そもそもキリギリスの寿命は数週間程度なので、冬を越す必要はありません。
一般的に言われている「アリとキリギリス」のタイプのどちらが正しいのかここでは問いませんが、はたから見ると大変そうなアリが、必ずしもつまらないと感じているとは限らないという事を覚えておいてください。
そもそも節約生活がつまらないと感じている人は、無理に節約をする必要がないのかも知れません。十代の若者に老後の蓄えの重要性を説いても実感が沸かないのが普通です。
大抵は年齢を重ねるごとに知識や経験が増えていき、家族を持つなどして将来のことを考えるようになると、節約(もしくは収入アップ)の必要性を感じるようになります。
節約をする目的は人それぞれですし、老後の蓄えだけに限らず、子供の学費や家族旅行の為かも知れませんが、それらの為に得られる節約の成果を頭の中で明確にイメージできると、楽しみながら食べ物を蓄えるアリのように、はたから見て大変そうな節約生活でも本人は楽しむことができます。
節約生活がつまらないと感じている人は、そもそも本当に節約をする必要があるのか考えてみてください。漠然とした将来の不安を明確にすることで、節約する必要性や目標とする金額も見えてきます。
もちろん必要性がないのであれば無理して節約をすることもありません。親が資産家で莫大な財産が入ってくることが明確な未来なのであれば、無理に節約する必要はありません。
老後の為に2000万円の貯蓄が必要だという情報を目にしても、自分の周りのお年寄り全てが蓄えているわけでもありませんし、家賃の安いところであれば年金だけで暮らしていけるかも知れません。
世の中には一切の貯金を持たずに暮らしている人がたくさんいるからこそ、キャッシングやカードローンなどがあるわけで、ある程度の貯金がある人はそのようなものに頼りません。
有り金を全て使ってしまうような人でも生きていけますし、必ずしも2000万円もの貯金がないと生活できないというものでもありません。
もちろん家賃や固定資産税の高い都会の一等地での生活を、老後もずっと維持したい人であれば、それなりの蓄えは必要になりますし、2000万円でも足りないかも知れません。
人それぞれ基準が違うので、節約して貯めなければならない金額に正解などないのですが、自分なりの基準をしっかりと構築する事で目標金額が定まり、日々の節約するべき金額も理解できるようになるので、その為の行動を促す為にドーパミンが分泌されるようになり、つまらなかったはずの節約が楽しい節約に変化していきます。
実家が大金持ちの資産家という人は少数派でしょうが、必要以上に節約をしてしまう必要もありません。
ここも勘違いしないでください。
将来の不安が曖昧なままだと、いくら節約をしても目標に到達できません。目標に近づいている実感がないと不安はいつまでたっても解消されないので、つまらない状態が続いてしまいます。
お金を貯めること、節約をすることが目的なのではなく、何のために節約をしているのかを明確にする事で、日々の節約を通して実感が得られるようになります。
他人の目や世間一般の常識といったものは関係ありません。
遊びほうけているキリギリスより、目標に向かって進んでいることを日々実感しているアリの方が、ドーパミンの量が多くて幸せを感じているかもしれません。
もちろんキリギリスが悪いわけでもありません。人間はいつ死ぬか分かりませんし、今を大切に生きるのも立派な選択肢です。
もっとも残念なのが、意味も解らずに周りに合わせて食べ物を集めているだけのアリです。どんなにたくさん集めたところで不安は解消されませんし、快感も得られません。
一生かかっても食べきれないほどの食料を確保しても、不安なまま辛い行動を続けてしまいます。
不安の正体というのは自分で考えて導きだしたものではなく、大抵は世間一般の常識といったものから押し付けられたものなので、不安は和らいでも本当に自分が満足できる快感が得られるものではありません。
100万枚売れたCDでも芥川賞の小説でも話題になったドラマや映画でも、誰もが満足できるわけではないように、自分でしか決められない事です。
もちろん流行している物の中にも、自分と相性が良い物があっても良いのですが、流行を基準にしてしまうと自分で考える力がどんどん失われてしまい、漠然とした不安を解消するための選択ばかりになってしまうので気をつけてほしいと思います。
自分の好みや基準が分からない若い人ほど、音楽のヒットチャートなどに左右されるものですが、中年になってもヒットチャートに踊らされている人は多くありません。
音楽や食事の好みのようなものであれば、多くの人が自分の基準で選ぶ事ができるのですが、お金の事となると意外なほど多くの人が自分で考える基準を持ち合わせていません。
世間一般の常識を鵜吞みにして漠然とした老後の不安を抱えていると、酷い儲け話のようなものに引っかかってしまうので気をつけてほしいと思います。
それこそ高額なダイエット食品やスポーツジムなども同じです。手っ取り早く解決できそうに見えてしまいますが、良いスタイルを保っている人の多くは、それらに頼っていません。
特保の飲料のおかげで痩せる人など滅多にいませんし、安易にそのような物に頼る考え方を変えない限り、根本的な解決にはつながりません。
アリとキリギリスの話は、アリとキリギリスの対比だけで考えがちですが、アリの中にも色々なタイプがいますし、幸せなキリギリスもいるので、自分の頭でしっかりと考えられるようになってほしいと思います。