節約はレジャー!

若い頃の苦労は買ってでもしろ!に隠されているウソ

若い頃の苦労は買ってでもしろ?

しばしば年配の方や成功者と呼ばれる方が、

「若い頃の苦労は買ってでもしろ!」

と言うものです。彼らの言い分を要約すると「若い頃の苦労は後々役に立つ事が多く、若い頃に楽ばかりをしていると後で苦しむよ」といった感じでしょうか。

他にも「若い頃であれば苦労で失敗しても取り戻す期間がある」のような意味合いもあるようです。

この言葉を鵜吞みにして苦労を受けて入れてしまうと、この言葉の裏に隠されているウソに取り込まれてしまいます。

苦労とは?

そもそも苦労の意味というのは、大辞林によると、

物事がうまくいくように、精神的・肉体的に励むこと。逆境にあって、つらいめにあいながら努力すること。また、あれこれと苦しい思いをすること。

とあります。物事がうまくいくように取り組むのは素晴らしいことですが、ここは苦労という言葉だけが当てはまるものではありません。

ゲームをクリアしようと頑張っている子供に対して、苦労しているという表現にはならないと思います。本人が楽しんでいるのであれば、苦労でも何でもありません。

辛いめにあいながらも努力をするということも、本人が辛いめにあっていると感じているとは限りません。プロスポーツ選手になろうと必死に練習している学生は、楽しくて仕方がないかも知れません。

「あの人は苦労して頑張っているね」

といった使い方をしますが、当の本人が苦労しているとも、努力しているとも感じていないことは珍しくありません。

苦労や努力というのは、特定の行動に対して当てはまる言葉ではなく、他者が勝手に自分の基準に当てはめて判断する言葉です。

実は節約という言葉も似ています。無駄な買い物をしたくないだけなのに、他者から辛い節約していると評価されたりするものです。

年末に大好きな海外旅行に行くために節約をしている人というのは、日々の節約で苦しんでいるとは限りません。むしろお金が貯まっていく度に、「これでまた海外旅行が近づいた」とウキウキしているかも知れません。

ここに苦労や努力といった感情は沸き起こりません。

自分で苦労と感じるのは危険

逆に自分で苦労や努力と感じている場合は危険です。単純にやりたくない事、やっても意味がない事だと認識しているからこそ、そのような感情が沸き起こります。

例えば私は登山に興味がないので、登山の勉強などしたくありませんし、実際に山に登ることになってしまうと、大変な苦労だと感じます。

登山によって身に付いた知識や体力が、将来の役に立つ可能性が全くないとは言いませんが、だからといって必ず役に立つものでもありません。

震災などに遭遇すると役に立つかも知れませんが、それが目的だったら直接震災の知識を学んだ方が効率的ですし、足腰を中心に鍛えられる登山より、全身の筋肉をバランスよく刺激できるラジオ体操の方が健康に良いかも知れません。

参考節約の観点から防災対策を考察

震災に備えるという必要性を感じて、自ら勉強するのは努力でも何でもないですし、健康の為にラジオ体操を行うのも目的と合致しているのであれば、苦労しているとは感じません。

そもそも登山が好きな人は、苦労して山に登っているわけではありません。

「頑張って苦労しながら山頂にたどり着いた時が最高です!」

というような事を言う登山家がいるかも知れませんが、その最高の気持ちよさを味わいたいが為に自ら山を登っているだけであり、そこに努力や苦労はありません。イヤなら登らなければいいだけです。

徹夜で麻雀を行う人達も同様です。当人達は楽しくして仕方がないからやっているだけであり、イヤならわざわざ徹夜してまでやりません。

特定の行動や選択に対して、他者が勝手に苦労や辛抱や努力といった言葉を当てはめるのは自由ですが、当の本人がそう感じているとは限りません。裏で舌を出しているかも知れません。

一方で自分で苦労だと感じている場合は危険です。自由な休日にわざわざイヤな事をすることがないように、本来は苦労など進んで行うものではありません。誰も意味のない事などしたくありません。

自分で苦労していると感じているということは、他者によって行動させられている可能性があります。

苦労はするべきではない!

冷静になって考えると、苦労と感じるイヤな事をしなければならない状況というのは、実はそれほど多くありません。

人見知りで接客が苦手な人でも、お金の為と割り切れるレベルであれば受け入れますし、割り切れない人は別の仕事についています。

職場の配置転換で苦手な仕事をしなければならなくなっても、お金の為、家族を守る為にと納得できれば受け入れられますし、どうしても苦手なら配置転換をお願いするなり、無理なら転職する道を選びます。

人それぞれ納得できるレベルが違うので自分のレベルで他者を判断すると、苦労していると評価してしまうのですが、当人は納得できる範囲内なので苦労とは感じていません。

自分で苦労していると感じる状況というのは、この自分の納得できるレベルを超えてしまっているからです。

何故にこのような状況に追い込まれるかというと、

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」

のような言葉を鵜吞みにしてしまっている可能性が高いです。苦労や努力を尊いことだと信じていると、本人ではなく他者にとって都合の良い使われ方をされてしまいます

他者を使う側にとっては都合の良い人材です。命令に忠実で給料以上の仕事をしてくれます。それによって他者を使う側が潤っていきます。

だからこそ「若い頃の苦労は買ってでもしろ」という言葉を、成功者と呼ばれる側の人は巧みに利用します。

将来に役に立つ可能性がないとは言い切れませんが、少なくともその苦労で直ぐに潤うのは扱う側の人間です

これは悪徳宗教で考えると分かりやすいのですが、お布施を納めている側の信徒が、わざわざ苦労しながら新しい信徒を集める為に勧誘をします。

大抵は断られて苦しい想いをしますが、その苦労が天国へ導く尊い行いなのだと洗脳されていると、無性で勧誘を続けてしまいます。

この苦労で潤うのは悪徳宗教側だけであり、当の本人が感じるメリットというのは、実に曖昧な天国への切符だけです。

もちろん一般的な仕事では給料が支払われるので、このような曖昧な未来の約束ではありませんが、給料以上の働きを上手く誤魔化す為の方便として、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」が利用されることがあります。

幸せの基準も変わる

また年配者が使う「若い頃の苦労は買ってでもしろ」というのも、そのまま受け入れるのは危険です。

現在幸せな年配者というのは、若い頃の苦労が報われたと感じている傾向があるのですが、冷静になって判断すると、現在の幸せが若い頃の苦労と関係しているかは別の問題です。

「若い頃はパートナーを容姿ばかりで選んで失敗していたけど、そのおかげ内面の大切さに気づくことができ、今の素敵な人と出会えた」

と解釈していたとしても、もしその素敵なパートナーに裏切られてしまうと、一気に解釈は変わります。

容姿の良しあしと内面の良しあしが関係しているわけではありませんし、同じような内面なら容姿が良い方が幸せだったかも知れません。

現在の幸せから過去を振り返ると、それなりの因果が見えてくるものですが、実に曖昧な事が多いものです。

先祖代々の土地を守りながら苦労して農家をしていた人が、たまたま高速道路の建設による立ち退きで大金を手にしたとしても、農作業の苦労が報われたわけではありません。

同じような苦労をしている農家はいくらでもあります。たまたま運が良かっただけなのにも関わらず、「ご先祖様が助けてくださったのだな」と都合の良い解釈をしてしまうかも知れません。

宝くじを30年間買い続けて当選した人は、若い頃からの積み重ねが実ったと感じるかも知れませんが、冷静になって考えると、30年目に買った宝くじだけの当選確率でしかありません。

決して若い頃の苦労が実ったわけではありません。たまたま当たっただけです。

サイコロの目が6を出す確率は、いつでも6分の1です。しばらく6が出ていないからといって、次のサイコロで6が出る確率が上がるわけではありません。

現在の幸せが過去と関係しているとは限りませんし、その現在の幸せを逃していると、さらに大きな幸せが訪れたかも知れません。

こんなことは誰にも分かりません。

この分からない事に対して、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」は優しくすり寄ってきます。やりたくもない、意味もわからない苦労と感じる出来事に対して、曖昧な意味を持たせてくれます。

将来に希望を持つのは良いことですが、自分が求めている将来の為に役立っていると感じるのであれば、それは苦労とは感じないので、わざわざ苦労を買う必要はないということです。

まとめ 苦労は無料でもするな

本心から自分の為になっていると感じられるのであれば、苦労とは感じないはずです。

仕事に役立つ資格を取る為の勉強は、苦労でも努力でもありません。やりたいからやっているだけであり、好きで登山をしている人と同じです。

勉強が苦手な学生でも、将来サッカー選手になって世界で活躍したいと強く思っていると、部活と英語の授業は前のめりになって楽しめるものです。

それを他者がどのように評価するのかは勝手ですが、自分が苦労だと感じる行動や選択というのは、将来の役に立つとは限らないどころか、今この場で誰かの役に立っている可能性があります。

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」という人には気をつけてください。あなたの苦労を今すぐに貪ろうとしている可能性があります。苦労など買うどころか無料でもする必要はありません。

仕事の質に対して給料に納得がいかないと受け入れられないように、自分で納得できないレベルを受け入れる必要はありません。

当サイトでは以前に「宵越しの銭は持たない」の意味について紹介したことがあるのですが、

参考宵越しの銭は持たないに隠されている真実

このことわざと同じように、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」にも隠されている部分があります。

現在苦労している人に対して、慰めの意味でこの言葉を使う人もいますが、それによって益々苦労を重ねてしまう可能性があります。

パワハラやいじめで悩んでいる人に、

「私も若い頃は同じような目にあったけど、今思うと良い思い出かな」

といったアドバイスをすると、パワハラやいじめを改善する為の行動が出来なくなり、どんどん追い込まれてしまうかも知れません。最悪の場合は自ら命を絶ってしまうかも知れません。

大切な人が亡くなって悲しんでいる人に対して、

「あの世から見守ってくれているよ」

と言うのは一般的には善意ではありますが、この善意に隠れて悪徳宗教がすり寄ってくるケースもあります。

「あの世にいるあの人の為に祈りましょう」

とお布施を奪い、高価なお祈りグッズを買わせます。そして気持ちが落ち着いてきた頃に、

「今のままではあの世で再会できませんよ」

と脅しをかけ、どんどんお金を奪っていきます。

将来やあの世のことなど、誰も確かめようがありません。

若い頃の苦労も同じです。将来の役に立つとは限りませんし、わざわざ買う必要など全くありません。役に立つのは苦労を押し付ける側だけです。

たまたま運よく成功した人だけの例を集めて、若い頃の苦労が報われたかのように誘導しようとする輩もいるので気をつけてください。同じような苦労をした人達が、そのままずっと辛い思いをしていることは珍しくありません。

この辺の事は以前におすすめした中野信子さんの「努力不要論」を読むとよくわかるのですが、

参考努力不要論に学ぶ節約の意識を変える方法

努力や苦労は周囲の人が勝手に決めることであり、当人がそう感じているかは別の問題です。

自分の中にある苦労や努力と感じている行為は、さっさと捨ててしまいましょう。

子供の世話をしているお母さんに対して、周囲の人が苦労していると解釈するのは勝手ですが、当のお母さんは愛おしい子供の世話をすることで最高に幸せを感じているものです。

動物嫌いの人がペットを買ってまで苦労する必要はありません。その苦労がきっかけで動物好きになる可能性がないとは言いませんが、苦手なままだと苦労だけが積み重なっていき、大切な今の時間が奪われてしまいます。

苦労も全く同じです。全く同じ行為でも苦労と感じない人だけがやればいいだけであり、苦労と感じる人が買ってまで行うメリットはありません。お金だけでなく、膨大な時間が奪われてしまいます。

そもそも苦労などわざわざ買わなくても無料でやってくるものです。天災や世界情勢で否が応にも巻き込まれてしまうことがあるので、その時にしっかりと対応する為にも、日頃から苦労は少なくしておきましょう。

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節約はレジャーを書いている人

光司

光司

離婚を経て節約に目覚めたアラフォー男子の光司(コウジ)です。 実際に役に立った節約情報やオリジナルの節約方法を紹介しています。 お金のかからない健康法や節約が上手くいく人の考え方など、様々な観点から節約について紹介します。 詳しいプロフィールはこちら⇒ [詳細]

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