節約はレジャー!

質素倹約な生活は目指すものではなく、周囲の人の評価!

質素倹約とは?

質素倹約という言葉の意味について調べてみると、「節約に努め、つつましい生活をする」といった感じの意味でした。

つつましい生活の基準は人それぞれなので、これといった正解があるわけではないのですが、質素倹約を「やりたいことを我慢する生活」と捉えてしまうと苦痛が伴うものです。

質素倹約な生活という言葉は、あくまでも誰かの基準で他人を推し量る言葉であり、質素倹約な生活をおくっていると思われる当人は、大満足の生活をおくっているかもしれません。

質素倹約な生活をおくりたいと思うのは自由ですが、そのままの考え方だと苦痛が伴う可能性が高いです。

質素倹約な生活をおくっていると思われる方の多くは、現在の自分の基準で物事を判断されている方です。現在の自分にとって「必要十分な生活」をしっかりと見極めている方です。我慢も慎ましくもしていないかも知れません。

必要十分な生活

「必要十分な生活」にも、これといった正解があるわけではありません。大事なのは自分にとって必要十分な生活を、きちんと考えるといういことです。

多くの方が必要のないモノに囲まれています。

かといって、それらを処分することもできません。

その理由を聞いても曖昧な回答が多く、

  • 高かったから
  • みんな持っているから
  • フツ―あるでしょ

のようなことです。必ずしも自分の生活に必要がだから所有しているとは限りません。

参考冷蔵庫がいらない生活

もちろん生活に必要のないモノを所有することがダメだと言っているわけではありません。趣味のモノは生活に必要なくても、心を豊かにしてくれます。

それらのモノには何かしらの役割、機能があるので問題ないのですが、ただの置物(しかも心を豊かにもしてくれない)になっているケースが多いものです。

それが不必要なモノです。何かの役に立つどころか、ただ部屋のスペースを埋めてしまっています。

また過去の自分にとって必要だったモノでも、現在の自分にとっては不必要なモノになっているケースも多いです。そのモノの役割、機能を果たした後にも拘わらず、所有し続けている方も多いです。

質素倹約な生活というと、我慢をし続ける辛い生活と考えている方もいると思いますが、本質は必要なモノ、不必要なモノの基準を日々アップデートしている生活のことです。

必要なモノ、不必要なモノは年齢や環境によって日々変化するものです。老眼鏡などはわかりやすいですが、他にも様々なモノが当てはまります。

昔の自分にとっては生活に欠かせない大切なモノだったとしても、現在の自分の生活に必要なのか、よく見極めてほしいと思います。

必要もないモノを手放しても生活は全く困りません。むしろスペースを広々と使えるようになって充実します。

質素倹約な生活は結果論

質素倹約な生活をおくることを目的にしてしまうと、現在の自分にとって必要なモノまで処分したり、我慢を強いられてしまいます。

質素倹約な生活とは周囲の人から見た印象であり、当人が質素倹約な生活を心がけるものではありません。

現在の自分の生活を大切にしている方は、自然と日々必要なモノ、不必要なモノの基準をアップデートし続けているので、周囲の人からは慎ましい印象に映るものです。

本人はしっかりと自分の生活に必要な基準を満たしているので、質素だとも倹約しているとも感じていないものです。勝手に周囲の人がそう思っているだけです。

これは節約にも当てはまることですが、決して我慢しながらやるものではありません。上手に節約できる方は我慢しているとは思っていません。

目的達成の為に日々の節約が役立っていることを実感しているので、辛いどころか快感すら得ています。

先輩や上司に命令されて仕方がなく筋トレを行って筋肉痛になると、ただただ辛い痛みと感じてしまいますが、明確な目標に向かって自分の意思で筋トレに励んでいる方は、全く同じ筋肉痛でも快感が得られます。

痛みが出る度に「よし!これでまた筋肉が成長するぞ~」と嬉しくなってしまいます。

質素倹約な生活も同じです。当人は楽しくて仕方がない状態なので、何も苦しくありません。周囲の人が勝手に苦しそう、大変そうだと決めているだけです。

質素倹約な生活をおくっていると思われる方は、現在の自分を大切にして豊かに暮らしている方です。

まとめ 生活の変化

人が成長して老いていくように、モノも劣化、風化していくものです。

モノによっては長く愛用することで深い味わいが出てくるモノもありますが、それでも現在の自分の生活にとって必要なモノなのかどうかを、日々見極めてほしいと思います。

長年使いこんだ包丁は手に馴染んで使いやすいものですが、体力や筋力が落ちてきたら、より現在の自分の身体に相応しい包丁のサイズや重さを考えて選択しなおすような事です。

この間、久しぶりに「ぶらさがり健康器」を洋服掛けに使用している方がいたのですが、これでもかとハンガーがぶら下がっていました。

不要になったモノを再利用しているとも言えるのですが、きちんとしたクローゼットや洋服掛けを購入すれば、よりスペースを有効活用できますし、見た目も良くなります。そして洋服の保管にとっても良い環境と言えるのではないでしょうか。

洋服なんてどうでもいいと考えているのであれば、ぶらさがり健康着で代用しても問題ではないのでしょうが、洋服を綺麗に保管するという役割から考えると、よりベストな選択肢が見えてくるものです。

過去の自分にとらわれるのではなく、現在の自分を大切にしてください。昨年でも先月でもなく、現在の自分の生活を基準に暮らしていくことこそ、上手な質素倹約的生活といえるのではないでしょうか。

食べ物やファッションの好みが変わるように、生活に必要なモノも変わります。

現在の自分に相応しいモノを大切にする為にも、現在の自分に相応しくないモノ、必要のないモノ、役割を終えたモノと向き合ってほしいと思います。

きちんと日々必要なモノの基準をアップデートしている方は、他人から見ると質素倹約な生活に映りますが、当人は豊かな生活を堪能しているものです。

他人の基準はどうでもいいはずです。

「○○を持っていないなんて考えられない」

といった意見に惑わされないでください。他人の基準を取り入れすぎると、自分にとって本当に大切なモノまで埋もれてしまいます。

我慢しながら質素倹約な生活を目指すのではなく、現在の自分を大切にした結果、周囲の人からそう言われるぐらいが、ちょうどいいのではないでしょうか。

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